アリストテレスの「正義」ー入門用の本から

 こんばんは。斉藤です。今日はアリストテレスの『二コマコス倫理学』の「配分的正義」を読んでみようと思います。『よくわかる法哲学・法思想』の中の記述を拠り所として。ちなみにこの「よくわかるシリーズ」は大変優秀なので、「ちょっと学んでみたいぞっ!」って人にはどの分野のものもオススメできます。

 

 この記事は、「哲学ってどんなんだ?」とか「思想ってどんなんだ?」、「文章ってどうやって読むんだ?」、「思考力ってどうやってつけるんだ?」っていうことを考える一助になればと思い書きます。

 

1.「正義」ってなんだ!?

 アリストテレスの時代の「正義」って「善く生きる」ことです。おっ、ハンナ=アーレントについてー大昔に読んだ『政治哲学5』を踏み台に - 未定でもう考えたことのある概念ですね。ところが、この「善く生きる」はアーレントの言うものとは違うわけです。アリストテレスの言うところの「善く生きる」とは、道徳と法律の秩序に従って生きること、です。律法遵守の姿勢が「善く生きる」なのです。ぜんぜんアーレントとは違いますね。そしてこれをアリストテレスは「一般的正義」と呼んでいます。アーレントの記事で用いたのは「一人ひとりの個人が他人の自由を侵さない限りにおいて、自分で自分のことを自由に決めて、自分の思いを達成させて生きることだ。」という「善く生きる」ことでしたね。

 

 そして一方、この「一般的正義」と一緒に「特殊的正義」というものが存在します。この「特殊的正義」を今日はメインで取り上げます。この「特殊的正義」は2つに分かれます。それが「矯正的正義」と「配分的正義」です。これらは、私人間における道徳のあり方を説いた「正義論」と言われています。前者は、契約とか損害賠償についての正義で現代社会では「裁判官の正義」な〜んて言われているものです。後者は、社会保障のあり方について論じたもので「立法者の正義」と呼ばれています。

 

 この「配分的正義」をサンデルがとりあげて、大変人気になったわけですが、今日はもうちょっと違った形で確認してみましょう。「もし当事者が均等なひとびとでないならば、彼らは均等なものを取得すべきではないのであって、ここからして、もし均等なひとびとが均等ならぬものを、ないし均等ならぬひとびとが均等なものを取得したり配分されたりすることがあれば、そこに闘争や悶着が生じるのである。」とアリストテレスは言います。

 

 さて。例の通り分解します。「1)もし当事者が均等なひとびとでないならば、2)彼らは均等なものを取得すべきではないのであって、ここからして、3)もし均等なひとびとが均等ならぬものを、4)ないし均等ならぬひとびとが均等なものを5)取得したり配分されたりすることがあれば、6)そこに闘争や悶着が生じるのである。」。このように6つに分けてみました。言っておきますが、こんな分け方はどうだっていいわけです。「この分け方じゃないとダメだ!」なんてそんなことはないです。

 

a.「1)もし当事者が均等なひとびとでないならば、2)彼らは均等なものを取得すべきではないのであって」!?

 想像してください。AさんとBさんがいます。Aさんの月収は20万円です。Bさんの月収は100万円です。政府が月に30万円ないと生活ない大不況に際して、国民全員に毎月5万円ずつ給付金を出すことを決定しました。さて、給付金をもらったとき、Aさんの月収は25万円です。Bさんは、105万円です。この時、アリストテレスはこれはおかしいというわけです。1)のとき、2)はしちゃいけないのです。つまり、AさんもBさんも5万円もらうなんてのはおかしいのです。

 

b.「3)もし均等なひとびとが均等ならぬものを、4)ないし均等ならぬひとびとが均等なものを」

 また想像してください。CさんとDさんがいます。二人とも月収は20万円です。30万円ないと生活できない不況です。そこで政府は、Cさんの方がカッコいいから、あるいはカワイイからという理由で10万円支給して、Dさんにはa.の通り5万円給付したとします。これだっておかしいわけです。4)に関してはa.の事例と同じです。

 

c.「5)取得したり配分されたりすることがあれば、6)そこに闘争や悶着が生じるのである。」

 a.とb.のように物が配分された時、ひとびとの間には不公平感が生まれるわけです。もしそんな不公平感がうまれるような物の配分をしてしまったら、当然、「それはおかしいぞ」という異議が上がってしまうわけです。生活できない人が出てきますから、デモや略奪が起きてしまうわけです。思い出してください。いま「配分の正義」ひいては「立法者の正義」について考えています。「立法者」つまり政治をやる人は、「a.b.c.で見てきたようなやり方をしてはダメだぞ」とアリストテレスが言っているわけです。その通りですよね。

 

2.Let's think on GENDAI !!

 では、現代を考えてみましょう。こういった思考法は、税金において使われているわけです。EさんとFさんがいます。Eさんは100万の収入のうち30万を税金でとられてしまいます。Fさんは、50万円の収入で、10万円とられてしまいます。すると、Eさんは収入が70万円に、Fさんは40万円になります。Eさんの-30万円を基準に考えると、Fさんは政府から20万円もらったと考えられるわけです。-10-(-30)=20。そうですね? これが所得に応じて税額を変更する「累進課税制度」なわけです。

 

 こういった考え方はちょっと特殊ですよね。これは国際政治でも使う考え方に近いのですが、X国とY国がいます。X国Y国ともに100の軍事力を持っています。X国がなんらかの方策でY国の軍事力を10だけ縮小・消耗させたとします。この時、X国は見方によっては、Y国の軍事力が90になりますから、軍拡したとも言えるわけです。

 

 他にも考えてみましょう。Aさんは20万円の収入でBさんは100万円の収入でした。でも、毎月30万円ないと生活できない社会状況です。そこで、国家はAさんの生存権を守るために10万円をどっかから持ってこなければならないわけです。それを国庫や地方行政の財源から「生活保護」という形で給付するわけですね。でも、Bさんは100万円の収入なので十分生活できるので「生活保護」なんていらないわけです。だから国家はAさんにだけ「生活保護」を与えます。

 

 このように、「累進課税制度」も「生活保護」もアリストテレスの「特殊的正義」の中の「配分的正義」にかなっているわけです。だから人々は「不公平だ!」なんて思うことはないはずなんですね。簡単ですね?

 

 ここで「軽減税率」を考えるとどうなるのでしょうか? 食品って誰もが買いますよね? その「食料品の税率は下げようぜ」なんて言っていますが、これはAさんにとってもBさんにとっても、同じ税率な訳ですね。これは考えてみるとどういうことなんでしょう?

 

 

 さて、今日はアリストテレスの「特殊的正義」の「配分の正義」をザッと考えてみました。質問や疑問があるかたは斉藤 亮太 (@ry0ta5a110) | Twitterまでどうぞ。